カテゴリー
思い出 雑記

緊張と苦い思い出

昨日からパートでした。5日ぶりで午後からの勤務でしたが、家を出る時間が近づいてくるにつれ気が重くなりました。休み明けは多くの人が多かれ少なかれ、そんな感じかもしれませんが・・。

ところで私の場合、仕事だけでなく旅行などでも出発日には億劫になり気が重くなるんですよね。楽しみにしていたにもかかわらず。

さらに昔は旅行に行く数日前になると、体調が悪くなり熱を出すことも多かったです。でも多少、具合が悪くても行ってしまえば元気になり、楽しかったりするのですが。

私は必要以上に緊張しやすい質で、旅行などの予定に対して、それをきちんと実行しなければと思い心のどこかが常に緊張した状態になるのだと思います。

そのせいで体調が悪くなったりするのでしょう。また出発日に気が重くなるのは緊張の高まりかもしれません。

ところで、20代の頃、すごくタイミングの悪いことがありました。数少ない友達だった同い年の子とディズニーランドに行くことになったのですが、何と行く前の日の夜に私が高熱を出したのです。

楽しみにし過ぎて緊張感が強くなり熱が出た気がします・・。

そして楽しみにしていたのにディズニーランドには行けなくなり、後日、その件で、その子から「見損なった」と言われたのでした。

いや、具合が悪くなったんだから、しょうがないじゃん・・見損なったって大げさじゃない?・・と思いつつ自分の間の悪さに落ち込みました。多分、その子もすごく楽しみにしていたんだと思う。

本当に申し訳なかったな・・。

その後、その子とディズニーランドに行くことはなく、今では音信不通。どうしているかしら・・?

年を取ったせいか、苦い思い出も懐かしい・・。

読んで下さりありがとうございます。

カテゴリー
からだと健康 思い出 日々の出来事

親知らずにまつわる話

右上奥の歯ぐきが痛くて歯医者に行ったのが4日前。治療済みの歯の根が炎症を起こしていました。

被せてあったものを取り、何やらグリグリして終了。あえて詰め物はせず穴が空いたままにするとのことでした。3日分の抗生剤を処方され翌々日には歯ぐきの痛みもなくなりました。

そして昨日、2回目の歯医者受診でやはり何やらグリグリして今度は仮の詰め物をして終了。しばらく間を開けての治療になるとのことで次回は来月の4日。

歯医者に行くまでは億劫で気が重いのですが通院し始めると歯医者に行くのも日常になっていきます。まあ、億劫ではあるのですが・・。

*********************************

ところで20代の頃、右下の親知らずを抜きました。他の歯の治療でいったのですが右下の親知らずに虫歯があったので抜くことになりました。

抜いた親知らずは立派な歯でした。虫歯は小さかったみたいだし今思えば治療すればよかったような気がします。

後ですぐに抜歯する歯医者だと聞きました。なので小さな虫歯でも親知らずなら抜歯でいいという判断だったのかもしれません。

他の3本の親知らずは今も健在。奥歯は虫歯で治療した歯ばっかりなのですが3本の親知らずは、なぜか虫歯になってません。一番奥で虫歯になりやすいはずなのですが。

昔、歯医者で働いている人に親知らずがきれいに生えていることを話したら、その割に顎が細いね、というようなことを言われました。

その割にって?親知らずがきれいに生えていると顎が発達するのかな?と思い気になりました。
もしかしたら親知らずを抜いたら顎が細くなり顔の形がよくなるかもしれないと思うと親知らずを抜いてしまいたくなりました。

親知らずが痛んで抜歯する話はよくあるし、祖父にいたっては親知らずが生えてこなかったと言っていました。(もしかしたら埋もれていたのかもしれません)

親知らずはなくてもいい歯だと思っていました。

しかし3本の親知らずは虫歯になることもなく何の不都合もなかったので結局そのまま。

今となっては親知らずを残しておいてよかったかなと思っています。出来るだけ自分の歯を残しておきたい。ちなみに今までに抜歯したのは右下の親知らずのみです。

読んで下さりありがとうございます。

カテゴリー
思い出 日々の出来事

人生、何があるか分からない

もうすぐ七夕です。パート先のデイサービスで利用者の方々にそれぞれ願い事を考えてもらいました。

その際、今まで一度も結婚したことのない90歳の女性Oさんが「今さら嫁にいけますように、なんてわけにもいかないしね」と冗談で言いました。

他の方々は「いいじゃない!」「この人はお金持ってると思うと誰かくるかもよ」など、やんややんや言いましたが、結局のところOさんは”元気で楽しく過ごせますように”と無難な願い事にしたのでした。

90歳女性の願い事が”嫁にいけますように”なんてファンキーでいいと思ったのですが。

*********************************

ところで私が20代の頃、書店で働いていたことがあります。その時、たまに来るお客さんで正確な年齢は忘れてしまいましたが70歳くらいの独身女性がいました。この女性は書店の奥さんと知り合いのようで来ると会話をしていました。

小綺麗で年齢よりも若く見える方で、顔のシミを消すためにリンゴジュース(だったと思う)を何年も飲み続け、実際にシミを消した、という話をしたりしてました。

確かに女性は色白で、見た目にすごく気を使っているようでした。

そんな女性が、ある日、やって来て奥さんに「この歳でやっと嫁に行きました!」と嬉しそうに報告したのでした。

傍でそれを聞いていた私と同僚の女の子はびっくり!そんなことあるの?と当時思いました。今では驚くようなことではないかもしれませんが。(いえ、今でも身近でそんなことがあったら正直びっくりしますね)

女性は、「あの両親の子だったら間違いないね、と言われ両親のお陰だと感謝している(両親はすでに他界していたはず)」というようなことや、相手は女性よりも年上のようで「できるだけ長生きしてもらうのが自分の役目だと思っている」というようなことを話していました。

具体的ないきさつは分かりませんでしたが、「人生、何があるか分からないな・・」と20代の私はしみじみと思ったのでした。

同僚の女の子は引いていましたが、孤独で暗かった私にとっては少しだけ夢を感じさせる出来事でした。

読んで下さりありがとうございます。

カテゴリー
思い出 雑記

コーヒーより苦い思い出

一昨日、夫が会社からシャトレーゼのスイーツ6個を貰ってきました。

夫と老母と私で2個ずつ分けたのですが、内訳は夫がコーヒーゼリー2個、老母がプリン2個(違う種類)、私が瀬戸内レモンミルクプリンとマンゴープリンでした。

私も老母もコーヒーゼリーが苦手なので夫がコーヒーゼリー2個になりました。

私は子供の頃からずっとコーヒーが苦手でコーヒー味のスイーツやお菓子も好きではありません。

お茶の苦みは好きなんですがコーヒーの苦みは、なぜかダメなんですよね。

子供の頃はコーヒーを飲むと気持ち悪くなりました。大人になり、いつからか気持ち悪くなる事はなくなりましたが味は変わらず苦手。

私の一番最初のコーヒーの記憶は祖父が淹れてくれたインスタントコーヒーです。はっきり分からないけれど5、6歳くらいの頃でしょうか。

祖父は喜ぶだろうと思ってコーヒーを淹れてくれたのですが、私は一口二口だけでそれ以上は飲めませんでした。

喜んで飲むと思ったら全く飲まない私に祖父は「もう、飲まないのかい?」と言って戸惑ったように笑いました。

味覚が変わり苦手だったものが好きになることは往々にありますがコーヒーだけは好きになれそうもありません。

そういえば昔、事務の仕事をしていた時、お茶くみも女性職員の仕事でした。お茶くみといっても淹れるのはコーヒーで午前と午後の小休憩時に男性職員に出していました。あとは来客時にも。

その職場に夫もいました。お互い独身。そして後々、夫に聞いた話なのですが私の淹れるコーヒーはすごく濃かったらしい。

ある時、関連会社の人(男性)が来て私が淹れたコーヒーを飲んで「濃い!ここの人は皆これ飲んでるの?」と夫に言ったらしい・・。

その人は夫と割とフレンドリーな関係だったので率直に言ったのでしょう。夫は「ああ・・コーヒーを飲まない人だからね」と話したとか・・。一応、フォローしてくれたのかね。話はするけど、まだ付き合っていない頃だと思う。

たかがコーヒーと思い、だいたいこれくらいかな・・と淹れていたコーヒー。濃すぎなら言ってくれたらよかったのに・・と思いましたよ。コーヒーより苦い思い出ですね。

読んで下さりありがとうございます。

カテゴリー
思い出 雑記

反面教師になったビックリするくらいマズい米

以前はスーパーでお米を買っていました。でも去年のいつ頃だったか忘れましたが上司から「お米はどうしてます?ウチのお米買いませんか?」と言われました。

上司は兼業農家で介護施設で働きながら米や野菜を作って出荷しています。

とりあえず値段を聞いたらスーパーよりも安かったので付き合いも兼ねて買うことにしました。

ところでウチにも田んぼがあり、数年前までは他所の田んぼを借りて米作りを専門にしている人が近場にいたのでウチの田んぼも作ってもらっていました。

作り手のない田んぼなので気持ちとしては”作ってもらっている”なのですが、一応、田んぼを貸している立場なので、その見返りとして米ができると何俵かを貰い受けていました。

そんなある年のこと、10年以上前になると思います。米を作ってくれている人がいつものようにできたお米を持ってきてくれたのですが・・。

そのお米を炊いて食べたら、いや~マズかった!ビックリするくらいマズかった!見た目も何だか美味しそうではなかったですね。

白米なんて取り立てて味のあるものではないと思っていて普段ご飯の味なんて気にしていなかったのですが、あまりにマズいご飯を食べて、ご飯にもちゃんと味があることを実感したのでした・・。

それにしても、なぜそんなにマズいお米だったかというと古米だったからだと思われます。しかも、かなり古い米。

新米と偽って残っていた古米を持ってきたのでしょう。嫌らしいことをするなあ・・と思いました。

でも先に書いた通り、気持ちとしては”作ってもらっている”なのです。

当時、老母は荒立てないようにと考えて、お米を何俵か貰う代わりに数万円を貰うことにしたのでした。米作りをしている人もそれで納得したようです。

それから月日が流れ、米作りをしていた人も80歳近くになり米作りを縮小することになり、ウチの田んぼからも手を引きました。

その後、田んぼを作ってくれる人はなく、ウチの田んぼは休耕田になりました。

衝撃的にマズい米を思い出すと、何事も誠実であらねば・・・という思いになります。反面教師ですね。でも長らく米作りに従事してくれたことには感謝です。

さて上司のお米ですが、食べてみたら美味しかったので、それからは継続して上司からお米を買っています。

読んで下さりありがとうございます。